バグダードの金持ちと奴隷娘の物語(第897~899夜)

池田修訳『アラビアンナイト(17) 東洋文庫5301991年、平凡社

【あらすじ】

父から莫大な遺産を引き継いだ裕福な男性が奴隷娘に恋をし彼女を買いとる。2人は相思相愛で、男性は娘のために金を使い果たし一文無しになる。そこで娘が自分を売るよう薦める。バスラのハーシム家の旦那が娘を買い、男性と娘は泣く泣く別れた。

男性は悲しみにくれて泣き続け、財布を枕代わりに眠ってしまったとき財布を盗まれてしまう。娘もお金も失った男性は失意のあまりチグリス河に身を投げるが、あたりの人たちに助けられる。死もままならない男性はある友人を訪ね、これまでのことを話す。友人は男性に娘のことを忘れて立ち直るためバグダードを離れることを薦め、その費用として50ディナールを渡す。

男性はワーシートへと旅立とうとする。岸辺にはちょうどバスラ行きの舟が停泊しており、男性は水夫に頼んで乗り込むことになった。その舟はハーシム家の旦那の舟で、奇しくも例の奴隷娘も同乗していた。舟の上で宴がはじまると奴隷娘が歌い出した。男性は自分が乗り合わせていることを伝えようとウードを弾く。それで奴隷娘は男性に気づき、水夫や奴隷たちや旦那も男性が娘の元主人だとわかった。二人の深い仲を知った旦那はバスラに着いたら奴隷娘を解放し男性と結婚させ、さらにその後も二人の面倒をみるので旦那の兄弟や酒友らとともに同席してくれるよう男性に申し出た。ところがある岸辺で陸に上がったとき男性が眠り込んだ間に舟が出てしまう。男性は路銀を奴隷娘に渡していたのでまたしても一文無しになった。

とりあえず通りかかった大きな舟に乗せてもらいバスラに入ったが、ハーシム家の屋敷がどこにあるかもわからず当惑して八百屋でインクと紙を求めた。そこで男性に教養があることを見てとった八百屋の主人に住み込みで働くように言われ、そのとおりして一年が過ぎ八百屋の娘と結婚した。二年ほどたった、歌い手や踊り手がアルウブッラ川の岸辺で飲食を楽しむ「分限者の日」に、そこに出かけてみるとハーシム家の船頭が進める舟をみかけた。船頭や水夫らは男性が川に落ちて亡くなったと思っていた。奴隷娘も男性が亡くなったと思い、お墓を作って喪に服していた。ハーシム家の旦那は約束通り彼女を解放し2人を結婚させた。なお、八百屋の娘とは法的に問題なく離婚した。

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この男はまだ裕福であった時には歌をよくする人たちの集まりに加わっていたので、歌うことでは頂点を極めていたのです。

君と奴隷娘とは歌って暮らしをたてるのが一番だ。それ以外にいい仕事はないよ。歌えば大いに稼げるし、食べるのも飲むのも思いのままだ。

★歌で稼げる。(歌い手の地位)

千五百ディナールの値をつけて、娘を買い受けてくれました。

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彼女(奴隷娘)には二人の侍女が仕えていました。

★奴隷に侍女が仕える。

奴隷娘に歌を歌うように求めました。やがて奴隷娘はウードを取り寄せ、調律したあと、次の対句を歌いました。

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私(バグダードの男)は早速、帳の側に寄り、ウードを取って色々な調べを選んで弾いた上、彼女が私から教わった弾き方をしたあと、

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でも私のお師匠さまがいらっしゃるところでは、とてもウードを弾いたり、いろんな調子で歌うことは出来かねます。

手前がその娘の師匠です。私はその娘の亭主だった頃、ウードを教えたのです。

★この奴隷娘は主人から音楽を習った。

バグダードを訪ねたのは、歌を聞き信者らの長から、扶持をいただくためでしたが、

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心中秘かにバグダードの歌を少々聞いてみたいと思って、この奴隷娘を買い受けたのですが、

やがて奴隷娘は、たいそう幽玄な調べで次の文句を歌ったのです。

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私もすっかりたのしくなって奴隷娘からウードを受け取り、すぐれた調べを奏で、次の詩を吟じました。

私が一時(ひととき)歌うと、そのあと奴隷娘が一時歌うという具合いにしておりましたところ、

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今日は分限者の日といってな、歌い手や踊り手や、お金持ちの若旦那らが、アルウブッラ(原文アルイーラ)川の岸辺の木陰で飲食を楽しむのじゃ。