古代研究Ⅰ-祭りの発生

古代研究-祭りの発生折口信夫、2002年、中央公論新社

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「家庭生活・郷党生活に「しきたり」を重んずる心は、近代では著しく美的に傾いている。」
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下笑ましさ(したえましさ)
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「「美」を感じようとする近世風よりは、さらに古く、ある「善」-すくなくとも旧文化勢力の残った郷党生活では-を認めているからである。この「善」の自信が出てきたのは、辿れば辿るほど、神の信仰に根ざしのあることが顕れてくる。」
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由来不明のしきたりが倫理内容まで持ってきた
20
暦=日数み
25
「これが庶民の間にとり容れられたには訣がある。前々からあった似た種に、新来の様式がすっぽりとあてはまったからなのだ。」
27
にらいかない=とこよの国?
~にいる→にいる=にいらい
にいるぴと、にらい人
34
まれびと
音を立てる=おとづる=訪れる
●水の女
82
文字記録以前にすでに表現は固定される。口頭伝承に各時代の言語情調や合理観がはいってくる。
83
出雲国造神賀詞(いずもくにのみやつこのカムヨゴト)
若水沼間(ワカミヌマ)←まだ何のことかわかっていない
88
宗像三女神
89-90
壬生部(にうべ)入部(みぶ)丹生(にう) 乳母関係
貴種の子に禊ぎの水を濯ぐ、壬生部の長の近親の女、のちに貴種と結婚
「水辺、水神に関係のある家々の旧事に玉依姫(たまよりひめ)の名を伝えるのは、皆この類である。
90頁」
中臣天神寿詞(なかとみのあまつかみのよごと)...飲食
反正天皇の産湯の旧事では丹比ノ色鳴ノ宿禰(タヂヒノシコメノすくね)が天神寿詞を奏した。
92
阿波の国美馬郡 美都波迺売神社(みつはのめ)
94
みぬまとは禊ぎを助ける女、水辺祓除のかいぞえ
95
「いざなぎの禊に先だって、よもつひら坂に現れて「白す言(もうすこと)」あった菊理媛(クヽリ)はみぬま類の神ではないか。95頁」
くヽり=水を潜る(クヽル)
96
汶売(ミスメ)、宗像、水沼の神は実は神ではなく、神に近い女=巫女
97
丹波ノ道主ノ貴の家から出る「八処女(ヲトメ)」=禊ぎのための神女=伊勢に召され宮廷にも
さほひめ皇后の推奨
99-101
七処女、八処女、九処女→実数ではない(遊舞は八処女)そのうちの最高位の二人=兄媛、弟媛
大嘗祭、紐を解く
羽衣は神の衣で神女の着物ではない
101-103
中臣女
藤井が原(井戸)→藤原
かならずしも井戸ではない?
ふぢ=ふち=淵 貴(ムチ)尊(ムチ)→神聖な泉=ふちのいる淵
104
みづ=水 浄土からくる水→聖水→普通の飲料のも となった。満潮のいみの「みつ」もその動詞。
105
みづのをひも=禊ぎの聖水行事の紐 「あわ緒」という結び方?
106
湯=温かい常世の水
ゆ=斎=禊ぎの場所
106-
たなばたつめ
ゆかはだな(湯河板挙)
「七夕の乞巧奠(きこうでん)は漢土の伝承をまる写しにしたように思うている人が多い。ところが存外、今なお古代の姿で残っている地方地方が多い。107頁」って、それ何処?
111
7月7日=夏と秋とゆきあひ=季節の交叉点→ゆきあい祭り、邪気送り
150
女性の軍隊があった、女性の従軍は巫女として及び将としての二種類ある
151
よばう≠夜這う =よぶ=呼ぶ≒なのる 名前を教える、名前を呼ぶ
●翁の発生
328
「舞踊(アソビ)を手段とする鎮魂式が、神事の主要部と考えられてくると、舞人の長なるおきなの芸能が「翁舞」なる一方面を分立してきます。雅楽の採桑老(サイショウラウ)、またはくずれた安摩(アマ)・蘇利古(ソリコ)の翁舞と結びついて、大歌舞(オホウタマヒ)や、神遊びの翁が、日本式の「翁舞」と認められたと見ても宜しい。328頁」
331
「蓑笠着た巨人およびその供神(トモガミ)なる群行(ぐんこう)神の所作や、その苛役を受けて鍛え調えられる早処女(サウトメ)の労働、敵人・害虫獣などの誓約の神事劇舞(ワザヲギ)などがそれです。これが田楽の基礎になった『田遊び』の本態で、その呪師(ノロンジ)技芸複合以前の形です。331